ジェネッタの日々あれこれ

休日などの備忘録、面白かった本の感想など、メモしてきます。

月一ノルマ、達成ならず

タイトルどおりです。

 

いやー仕事もそれ以外の活動も全然バランス感覚とかわからなくて、あっちを意識したらこっちが全然できなくて、こっちを意識したらあっちがだめっていうの繰り返して、おかげ様で人間関係悪化してしまって、まさに自業自得です。

 

ここから挽回するのって難しいのかな、どうかなってふと思うのだけど、ちょっとやることを完全に一から考えて、何にどれだけ力入れられるか、それにどれだけの意味があるのかとか、休みの日にも一回考え直したほうがいいですね。

 

書きたいこととかも結構あったはずなのですが、時間が経つごとに忘れていってしまって、後悔ばかりが先に立ちます。ちょっと自分、落ち着きたいと思います。

 

それではまた、今月にはもう一回書きたいです。

1〜3月軌跡

1月3日(水)アンデス文明展(国立科学博物館

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 1月18日(木)ヤッチ&荻野ライブ(阿佐ヶ谷イエローヴィジョン )

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 1月28日(日)ギア-East Version-鑑賞(千葉ポートシアター)

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 2月10日(土) アラビアの道(東京国立博物館

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 3月9日(金)赤道の下のマクベス鑑賞(新国立劇場

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3月21日(水) たつみ演劇BOX演劇鑑賞(浅草 木馬館

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3月25日(日) 世界の眼で見る古墳文化国立歴史民俗博物館佐倉城址公園

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 というわけで、案の定慌ただしい中、ブログ更新月1ノルマ達成のため、月末に急ピッチで書いてます。

 

 他にも休日はちょくちょく色んなことをやっていたのですが、一方で平日の移動が難しかったですね。本当は普段お世話になっている方々ともお会いしたかったのですが、中々会えない状況です。4月からは何とかしたいと思っていますが。

 

 前からではあるのですが、仕事のことで凄く心が疲れました。

 

 これまで幾つかの職場を転々としてきましたが、幸いなことに、今いる職場は僕個人にとってはすごく愛着の持てるような場でした。それだけ真面目に仕事に取組みたいという気持ちが強かったのですが、一方で上司や同僚先輩との仕事の価値観や、問題解決の方向でぶつかったことも多く、人数の少ない場でもあるのでとても疲れました。険悪になりすぎて眠れない日もありました。

 来年度も同じ職場、同じメンバーなのですが、僕が考えていたような様々な課題なり、問題解決というのは当面棚上げしようと思ってます。様々なことを諦めつつ、一方で仕事のモチベーションをどう上げていくか、という難しい対応を迫られてますが、これからの課題かと思っています。

 

 あとは何とまぁ、今の時代に対する不安感というのは拭えないですね。仕事のことで悩んでいるときはそうでもないのですが、基本はネットでもテレビでも情報が入ってくるたびに暗澹たる気持ちになります。

 

 最近だと3月上旬に発覚した財務省の公文書改ざん問題ですよね。地元の仲間はあれが話題になったときは「さすがに全部が全部責任を官僚に押し付けたりはしないだろう。わざわざ内閣人事局を作ってまで公務員を掌握しようとしたんだから、自分の無能を露呈するだけなもんだし」と言ってたのですが、まさにそのとおりの展開になってます。それでも政権が続くことに一部以外はどうとも思わない。twitterでも出てましたがこれ、アドルフに告ぐに出てくるこの一コマのような状態ですね。

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 ある人からは過剰だと言われると思いますが、戦前の満州事変か二・二六事件あたりか、もはやそういう時代感覚の中で生きてるような気がして何とも心地悪いです。いつまで言いたいことが言えるのかわかりませんが、言える時まで自分らしさを保とうと思ってます。

 

 もうすぐ数分で3月が終わります。3月はほんとくたびれた。明日はプラド美術館展の招待券をもらったので、大嫌いな東京ですがもったいなので一人で観に行こうと思ってます。

 

 ではまた来月。

 

 

 

 

 

沼田さんの足跡を追って

 どうも、ジェネッタです。2018年も2ヶ月近くがとうに過ぎていますが、今回も今年の目標というものを立てて、自分を鼓舞してやろうと思っています。基本的にはおざなりになってる物事、例えばロックのアルバムを50年代あたりからかたっぱし借りてってとか、英語の学習の場を作ろうとか、バンドでライブをいい加減やってみようとか、いろいろあります。

 

 

 ただ、今年はそうしたものとは質的に異なることを考えています。ここのブログでも書いていることですが、ネットなどを中心に排外主義的なメッセージがいたるところにあふれるようになり、このままではまずいという予感がしていました。

 

 

 残念ながら、地元ではそこまでこうした危機感を共有できる仲間が少なかったため、意識的に昨年は東京に出て、様々な人と出会う機会を作りました。おかげ様で学習の場にも参加させていただき、今度は自分が発表する機会を作れそうです。

 

 

 実は、とある学習会で沼田鈴子さんという一人の被爆者の存在を知り、彼女をテーマにした学習会企画を立ち上げていきたいと考えているところです。

 

 

 沼田さんは1923年生まれの広島県出身の女性です。そして、21歳の時に被爆をし、左脚を失いながらも、平和の語り部を続けられてきました。

 

 

 しかし、沼田さんという人物の核心はそこではなく、自身の被爆体験や身体障害といった困難を受け止めるに留まらず、国内外問わず様々な地域で社会的差別や痛みを抱える市民との心の共有をはかる、とりわけ旧日本軍の加害の歴史を積極的に受け止め、日本軍によって傷つけられた市民との絆を作っていったという点にあります。

 

 

 たまたま去年の8月の学習会の時、田中利幸さんによる沼田さんの生涯が記された文章を読んだのですが、電流が流れたような衝撃がありました。その時のことがきっかけで、沼田さんのことをもっと知りたいと思うようになり、同時に、沼田さんに因んだ学習会を定期的に行っていきたいと、仲間と考えているところです。

 

 

 ただ、未だに課題が残ったまま、いまいち手がつけられていません。僕は基本的に、今ある沼田さん関連の書籍等を用いて、沼田さん自身の内面を深く見つめ、ひいては現代の市民の心に訴えかけるものにしたい、という思いがあったのですが、沼田さんに関する書籍はそんなに多くはない上、田中さんなどの優れた教授が、すでに同じことをやっているのです。

 

 

 沼田さん個人の魅力を伝える、という作業は一貫して大事にしつつ、もっと軌道修正したものを考えていく必要があると、今は思っています。今後の経過など、決まったらまたここに上げていこうと思っています。

とりあえずのノルマ消化

お久しぶりです、ジェネッタです。

 

といってもこのブログ、ほとんど誰も見てはいないと思うのでただの独り言のようなものとなってしまうのですが(^O^;)

 

本当はもっと、いろんなことをブログにアップする予定でしたが、やはり文章を書くという作業は中々時間のかかる作業でした、結局前回から3〜4ヶ月も時間が過ぎてしまいました。

 

ただ、去年の1年は自分にとってのターニングポイントといえるような機会に巡り合うことができたのではないかと思っています。自堕落な自分ですので、根本的な変化といえばまだまだですが、時代が怠けることを許さないため、僕もようやく引きこもりからテイクオフしていけているような予感はしています。

 

もう少ししっかりしたことは2月にでも書きたいと思っています。実は明日が僕の誕生日ということで、今年は色々目標を立てようと思っているのですが、その中の一つとして、「月に1度はブログをアップする」というものがあるので、今回はただのノルマ消化です(笑)

 

ではまた今度。

衆院選の感想(今更ながら)

 もう先週のことですが、衆議院選挙が終わりました。

 

 結果は世論調査のとおり、自民公明がほぼ現状維持、共産減少、社民維持、立憲躍進、希望と維新減少という形でした。

 

 選挙結果の分析は大方色んな場所でなされていると思うので、個人的な感想だけ言えば一つだけ。僕が応援した共産党が21議席から12席に減少したのは、とても残念でした。とりわけ僕の地元で立候補された方や、個人的にファンである東京の池内沙織さん等は、人格的にも、議員の力量としても申し分なく、国会で戦ってほしいと心から思っていました。しかし、落ち込んでいる余裕もないです。今後どんな状況になろうとも、今自分にできることを地道にやっていくしかないと思っています。

 

 さて、与党が三分の二の議席を獲得したことで、刻々と改憲への道のりを進めつつあり、恐怖と緊張から抜け出せない日常が続くのですが、何とか冷静になって、なぜ自民党は何だかんだ言って多数派を握るのか、一番真面目で骨太な公約を掲げた共産党は躍進できないのか、考える必要はあると思います。下記のとおり、少し調べてみました。

 

 

www.businessinsider.jp 

 

www.buzzfeed.com

 

toyokeizai.net

 

antenna.jp

 

 他にも自民党が支持される声をあげた情報はあるかもしれませんが、こうした内容や、ネット上に上がっていた声をみると、大体が「日本を守ってくれる」という声や「経済政策とかが安定してる」っていう声が多数なのでしょうか。もちろん僕からしてみれば、安倍さんなんて経済も安全保障も窮地に叩き込んでる張本人じゃんって思うのですが、どうも世間ではこんな扱いみたいです。

 

 積極的に安倍さんが大好きな、いわゆるネトウヨ系の人達も一定数いると思いますが、多くは消去法で選んでる印象があります。自民党が好かれているというより、余りにも野党のイメージが悪いのでしょう。よく「民進党は言ってることがブーメランだ」とか「共産社民は平和や9条原理主義で、理想主義的だ。中国や北朝鮮からの危機に対応できない」などの声が聞かれます。

 

 率直に言って、その声は結構誤解あると思っています。特に共産党は、中国や北への対応は手厳しいのですが、ネガティブな印象が余りにも先行してしまっています。

 

 マスコミも、共産党が街宣してる場面はいつも「反安倍」とか「改憲阻止」みたいなシーンばかり映すので、具体的な経済政策があることをみんなが知らないということもあるかもしれません。

 

 ただ、共産党自身の宣伝が上手くないところも、実際あると思います。

 http://www.jcp.or.jp/web_download/201710-senkyo-gogai2.pdf

 上のチラシですが、皆さんはどう思ったでしょうか。これを見た、とある僕の知人は極めて不服そうでした。「ゴミを増やすな!」とかtwitterで書いてました。

 

 彼自身がネトウヨ的な性質を持ち合わせているのですが、一方でアベノミクスに未来がないことも理解しているし、政治の世界で労働政策をしっかり考えてほしいという内容を時々伝えることもあるのですが、それでも結局自民党を選んでしまうのです。

 

 今の20代から30代にかけて自民党の支持率が高い理由の一つは、批判ありきでないという「イメージ」が確立しているからでしょう。その点、枝野さんが立ち上げた立憲民主党の戦術はうまかった。センスのいい映像をバンバン流したり、SNSを上手く使ったりというのは勿論ですが、枝野さんは安倍批判の前に、「政治とはこういうものだ」と市民に啓蒙するタイプなんですよね(枝野さんの最後の演説)。日本記者クラブ党首討論で、志位さんが選挙に込めた一言が確か「安倍暴走政権に退場!」だったのに対し、枝野さんが「まっとうな政治」だったのが印象的でした(間違ってたらごめんなさい)。

 

 共産党公約を見ればわかるとおり、統計的な数値を用い、上手く論証してることもあり、経済政策はどこよりしっかりしているという強みがあります。平和や反安倍も大事ですが、例えば数年前にあげた「ルールある資本主義」みたいなスローガンをもう一度掲げ、経済政策に力点を置いた戦略を考えてみてもいいと思います。

 

 また、もう一つの明確な対抗軸として、これは共産党に関わらず立憲野党全体にいえることですが、歴史問題と安全保障への言及が弱いのです。

 

 安倍さんは日本会議という極右団体をバックに、凄まじい執念で過去の日本の植民地支配・侵略戦争を肯定する世界を作ろうとしています。おじいちゃんの夢を叶えたいというのもあるのでしょうが、過去のどの政権よりその勢いは凄まじい。まさに「歴史否定のサラブレッド」です。


 同時に、中国や北朝鮮へに対する市民の悪感情を徹底的に利用して、軍備増強して近隣国を抑えつけることこそが安全保障のリアリズムであると触れ回っています。歴史否定と対中・対北強靭策はリンクしてるんですよね。

 

 日本の加害の歴史をもっと、市民や野党が学習し、相当に浸透している中国や朝鮮・韓国への蔑視感情を乗り越えないといけないです。また、武装とは違う安全保障のリアリズムを掲げていかないといけないです。

 

 実際問題として、中国は現在軍備増強をしているのも事実だし、北の核問題も深刻ですが、真面目に日本を攻撃しようとしたらかなりリスクがあります。世界は第二次大戦前と違って、自由経済で密接に結びつき、とりわけ日本のような経済大国を混乱させたら、その混乱は自国経済にも跳ね返ってくる。そういった当たり前の現実をもっと与党や市民にたいし突きつけないといけないのです。

 

 長くなりましたが、今後の共産党を中心とした立憲野党は、弱点である歴史問題や安全保障を研究すると同時に、経済分野を中心に、安倍政権とは明確に異なる社会像を打ち立てる必要があると感じています。以上です。

 

 

 

 

もうすぐ投票日

なんかこう、色々書こう書こうと思っていたらいつも思いが溢れてしまって数ヶ月書けなくなるパターン、どうにかしないものか(^O^;)今日は一本に絞ります。


 
 さて、明日はいよいよ衆議院選挙投票日ですね。皆さんは期日前投票などすまされたでしょうか?僕は明日投票しようと思いましたが、入場整理券が急に見つからなくなってしまい、おろろろろ〜でした。で、今見つかってこれ書いてます。

 

 皆さん、どこの党に投票しようとか、どこなら自分の気持に近い候補かとか、考えましたか?僕はといえば、今回の衆議院選挙ほど、人生で心動かされている選挙はありません。 

 

 ここのブログにも書いてますが、僕が「政治」ってものを、より自分の問題として考えるようになったのは、おそらく安倍政権誕生以降のことだと思います。

 

 消費増税アベノミクスしかり、秘密保護法→安保法制→共謀罪違憲立法しかり、種子法・TPPなどのネオリベ政策しかり、社会保障の削減しかり、安倍政権は惚れ惚れするほど批判しかできない政権でした。

 

 何よりもここ五年間で、「排除」と「分断」の論理が市民レベルで突き進んでるんですよね。

 

 弱い立場にいる人が、勇気を出して声をあげようとすると、ネットを中心にすぐに多くの人間が嘲笑し、その声を抹殺する。そういうのが日常茶飯事になっていて、何とも息苦しい。こういう社会を変えていこうって、最初に呼びかけないといけないのは政治家だと思うんですけどね。少なくとも自公政権はその声を利用して体制を維持している。


 実際そうでしょう。安倍政権の支持率が上がる時っていつも中国や韓国、北朝鮮と揉め事があったときです。冷静に対話をするんじゃなくて、恫喝するぞってパフォーマンスを日本国民に示すことで、我々市民は日頃の鬱憤を晴らし、実際の足元(生活)を見ようとしない。さらに苦しめられるのは在日コリアンなどのマイノリティ。物理的暴力も含め、そういう負の連鎖を何年も続けてる。

 

 そういう状況、やっぱりおかしいと思いました。悲しいし、変えたいと思いました。

 

 ただ、個人的な事情や感情もあり、実際に表にたって行動を起こすのは勇気がいりました。

 

 そうした僕の内向きな気持ちを変えてくれたのが、安保法制での国会前での運動はじめ、街頭で真剣に今の状況を変えようとする市民、そして野党の方々でした。

 実際のところ、野党間の問題意識の差はもちろん、市民間の間でも今の社会への認識の差ってけっこうあります。例えば民進党と共産党には消費税や日米安保の考え方に大きな隔たりがある。
 市民にだって、主に原発に関心ある人がいれば、中東の歴史文化に関心のある人もいる。天皇制を肯定する人もいれば、そうじゃない人もいる。僕自身もゆずれない一線があり、時には身近な市民に対しても反発することがあります。人間一人ひとり違うのだから当たり前だし、単純に「野党」とか「市民」とかって区分けはできないのです。

 

 でも、憲法に抵触するような、日々の暮らしや人生に大きな禍根を残す法案を与党が押し通すときは、一致団結して抵抗する。そうした活動をずっとやってきた彼ら・彼女らを素直にかっこいいと思った瞬間があったのです。人間色々だけど、重大な局面では行動に起こす(抵抗権)、これこそ民主主義ではないかと強く心を動かされた局面がありました。

 

 なので、今回の衆議院選挙では、僕なりできる行動は行ってきました。まだまだ人と正面向けて行動したとは言い難いものがあるけど、今の時点からすれば大きなステップだったなと思います。前に踏み込んだことで、今まで気づけなかった友人・知人の新たな一面を知ったり、街頭で選挙に向けて奮闘する市民へのリスペクトが深まりました。これは僕自身の人の見方にも変化をつけました。まだまだだけど、若干、ちょびっとくらいは人を受け入れる余裕はできたかな(笑)

 

 というわけで、色んな感動的な場面を見て、もうすぐ投票日になってしまうのですが、今回は思いっきり願いを込めて投票しようと思います。鉛筆折れるぐらい、魂こめます!
 
 日本の民主主義が終わる瀬戸際なので、選挙の結果がいい方向に向かってくれることを強く祈りますが、どんな結果になろうと、次も頑張るぞという気持ちで、人と向き合える人間になりたいと思ってます。ではまた。

Everybody Sunshine

 さて、前回の日記に続き、当日はヤッチと荻野仁子さんのライブがありました。

 

 先にヤッチがソロで数曲歌い、続いて荻野仁子さんが一曲、途中でパーカッションの船原さんが合流し、Hani Dallah Aliさんの素晴らしい絵に囲まれながらのアラブ音楽はなおもオリエンタルで、滅多にライブに行かなくなった僕に懐かしい豊めきを与えてくれました。

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 とりわけ、忘れられないのがヤッチの最初のソロライブで、今回はこのことについて話したいと思っています。

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 ヤッチが20代上京したてのころ、「吟遊詩人」というバンドを組み、ギターを弾いていたことは知っていましたし、CD-Rをもらったこともあったので、何となくイメージはついていたのですが、今回は実物を何としても聞きたい!ってほどでもなかったのが本音です(笑)

 

 そんな甘い認識だった自分を今は悔やみます、彼はまさしく生粋のミュージシャンでした。

 

 知っている曲も何曲かありましたが、こうして数曲聞いていると、ヤッチの歌はどこか一貫して一つのテーマで結ばれているようにも思えました。

 

 それが”少年”なんです。

 

 タイトルそのまんま「少年のうた」という曲もあって、ヤッチの初恋のエピソードからイメージして作ったらしいのですが、曲にまつわる裏話など含めてヤッチの語り節はドラマチックで引き込まれます。長年ずっと講演会を続けてきただけあってまさに”語りのプロ”というより”吟遊詩人”そのものといったところなのですが、何より彼の曲は”少年の頃の感情”から焦点がぶれないんです。

 「少年」ではなく「ふるさと」と言い換えてもいいのかもしれませんが、失ってしまった原初の輝きを取り戻したい、そんな渇望に似た感情が、彼の歌からは聞こえてくるんです。

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 こう振り返るとヤッチがなぜHani Dallah Aliさんの世界に惹き込まれたのか、日本での個展開催を熱意を込めて企画したのか、わかる気がします。絵画と歌で表現は違いますが、向かっている方向は同じ。何年経っても、死ぬまで心は少年でいたい、そんな魂の鼓動が聞こえるんですよね。

 

 一番忘れられないのが”役に立てなくてもいい”という曲でした。自分でも信じられないくらい、歌が始まった瞬間に感情の渦が巻き起こって、思わず途中から涙が止まらず、それほど今の僕の心に響いた曲でした。

 

 歌詞やメロディー、ギターの音全てが良かったですが、途中で人に見せるのが恥ずかしいぐらい泣き続けてたんで正直余り覚えてなくて(笑)、振り返ってみれば「役に立てなくてもいい」というフレーズの持つ強烈な吸引力に引き寄せられたんだと思います。

 

 前に書いたとおり、ヤッチとはここ10年くらい会っていないのですが、この曲を聴いた途端に、何だかここ10年のことを知ってるヤッチが、僕に向かってメッセージを放っているようにしか思えないような変な錯覚になって、どれだけこの人は時代の心眼を捉えるのが上手いのかと驚嘆してしまいます。

 

 似たようなフレーズで「自分らしく生きる」とか、「頑張らなくていい」とか、色々言えると思うんです。でもそんなのはありきたりで心に響かない。

 あえて”役に立てなくてもいい”という言葉をヤッチが選んでくれたことで、どれだけ自分が無意識に、社会に対し、仕事に対し、必要以上に役立てようしていたか、そして認められたくてもがいていたかに気付かされた気がしました。きっと、あの会場にいた全員が気付かされたんだと思うんです。

 

 繰り返しになりますが、ほんとに恐れ入りました、ありがとうございました!世の中には物凄い人たちがいっぱいいて、そういう人たちに出会いたくて、この世界をもっと広げていきたいという欲望に駆られますね。またライブがあったら誘ってほしいです。僕も早くいい演者さん見つけてドラム叩きたいなー。

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